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Artwork for コンテンツ過剰接続

コンテンツ過剰接続

私はこーへ / キムラ

番組概要:
様々なポップカルチャーと世の中の接続を過剰に受信する𝑪𝒖𝒍𝒕𝒖𝒓𝒆 𝑮𝒂𝒏𝒈 𝑹𝒂𝒅𝒊𝒐
ハッシュタグは#過剰接続でお願いします!
また、note( https://note.com/c_overconnection )にて【感想戦】として収録後の振り返りを、また【別冊】として参戦直後のライブレポや注目すべきポップカルチャー(音楽、アイドル、映画、お笑い)について、月に4回更新中。

番組の感想・あなたのおすすめコンテンツを常に募集中!
回答はGoogleフォームリンクから → https://forms.gle/Es4tnBXoADvjrK9P9

詳細:
コンテンツがあり、ファンダムがいて、考察がある。そんな昨今のカルチャー状況の中、どこにも行かずPOPの中に踏みとどまり、アレとコレとを接続し、その先を見出す。『コンテンツ過剰接続』は全身全霊で音楽、映画、アニメ、美術、その他諸々を摂取するあなたをカルチャーギャングへ導きます。この番組を聴取した先に、あなたの日々の文化的生活の価値転倒、「よくわかんないけど、なんかわかった!」の発現があったりなかったりすることでしょう。

Twitter:
私はこーへ( https://x.com/minicoolkohe )
キムラ / Kimura( https://x.com/kimu_ra10 )

連絡先(ご依頼など):
contents.overconnection@gmail.com

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  • 20 episodes
  • Avg 1 hr 4 min
  • Japanese
  • August 12 · 1 hr 8 min

    #37 特集:アニメイト(後半)「TIFとEBiDAN『Yes! 東京』」

    後半では、いよいよEBiDAN「Yes! 東京」について探っていきます。なぜ今、この曲なのか。そして「アニメイト」とEBiDANがどう接続するのか。 「Yes! 東京」を手がかりにすると、ここ数年、別々の場所で進んでいた変化に、共通する輪郭が見えてきます。アイドル、アニメ、芸人、VTuber、スポーツ選手……いまや誰にでも「推し」がいて、どんなジャンルにもアクスタがあり、ランダムグッズがあり、誰かと誰かの「関係性」がある。 人はなぜ推しを作り、グッズを集め、交換し、同じものを好きな人たちのいる場所へ向かうのか。好きなコンテンツがあるからそこへ行くのか。それとも、そこに居続けるために次の好きなものを探しているのか。そんなことを考えていくうちに、アニメイトという場所が急に重要に見えてきます。大量のIPがひとつの建物に並び、そのすぐ外で人々がグッズを交換している。何かを好きになること、買うこと、集めること、誰かとつながることが、ほとんど同じ場所で起きている。 いまは「IPの時代」であると同時に、「OSの時代」でもあるのではないか。 EBiDAN、しゅんき、Snow Woman、ブルーロック、音楽フェス......後半では、これらを手がかりに、2026年以後の「推し」をめぐる風景について考えます。

  • August 8 · 44 min

    #36 特集:アニメイト(前半)「TIFとEBiDAN『Yes! 東京』」

    現在の日本のポップアイドルシーンはあまりにもカオスに急加速しており、この歪な肥大化は、未来へ向けた発展と、文明の退廃、そのどちらの気配をも感じさせます。 以前から我々は「アイドルを語ることは、社会を語ることである」という姿勢を表明してきました。今まさに時代の転換点とも言うべきこの状況をきちんと捉えるためには、個々のグループを点や数値で追うだけではもちろん足りません。あらゆる界隈をまたぐ横断性と網羅性、そしてなにより、時代の少し先を読む「勘」が必要不可欠です。 というわけで今回は、TOKYO IDOL FESTIVALと、EBiDAN「Yes!東京」について話します。「FRUITS ZIPPERだ〜、イコラブだ〜と言いながら、今度はiLiFE!かよ。そのうえEBiDANまで行くのかよ」と思うかもしれません。しかし、とどまることを知らない時間の中で、いくつもの移りゆく街並みを眺めていかなければならない。一見まったく別の場所で起きている出来事を、同じ「東京」のポップカルチャーとして並べてみることで、初めて見えてくる景色もあります。 巨大化し続けるアイドルフェス、グループの垣根を越えて立ち上がる「ブランド全体曲」、細分化されながら奇妙な場所で接続していくファンダム。そして、「いま東京でポップアイドルを見る」とはいったい何を見ることなのか。 これは非常に困難で複雑な作業です。生半可な理解やPV欲しさだけでこの領域に踏み込めば、たちまちポップという複雑で巨大な濁流に飲み込まれ、あっという間に瀕死となるでしょう。データをAIにぶち込んでよくわからない図表を作ったり、インタビュー記事をAIで要約したポストでviewを稼いだりするだけでは、決して「ほんとう」を掴むことはできません。厄介なのは、ほんとうではないものほど、しばしば「ほんとう」らしい顔をして近づいてくること。 TIFからEBiDANまで。東京という街で同時多発的に起きているポップの異変を、今回もできる限り広く、そして勘を頼りに観測します。 お気づきの通り、誰か一人の言葉を頼りにして済む時代はとうに過ぎました。どうか皆さん、おのおののスタイルで考え続けてください。健闘を祈ります。 ※本編内で「FRUITS ZIPPERの"りのまる"」と発言していますが、正しくは「CANDY TUNEの"りのまる"(福山梨乃)」です。

  • July 10 · 1 hr 24 min

    #35 【ゲスト】ベテランち 特集:スカすなよ。ジャパン。

    7月19日、大阪・梅田ラテラルで開催するトークイベント「スカすなよ。ジャパン。」を前に、ポッドキャスト本編にベテランちさんを迎えました。 イベント当日は、3人がそれぞれ2026年上半期のベスト/ワーストコンテンツを持ち寄り、忖度なしで批評する予定です。単なる悪口と批評は何が違うのか。そのコンテンツの社会的な価値を認めたうえで、それでも異論を唱えることに、いまどれほどの意味があるのか。 サブカル人間がポップのど真ん中を目指す難しさ、広告やYouTubeのアルゴリズムを「ハックする」ことと「飲み込まれる」ことの違い、「スカすなよ」という言葉自体が抱えるメタ構造の罠…… 批評も冷笑もすっかり大衆化した時代に、それでも本気で何かを語るためには何が必要か。YouTubeのコメント欄になぜ批評空間が育ちにくいのか。関西弁問題。ポッドキャスト文化の東京偏重性……イベント本番で取り上げる予定のワーストコンテンツも、少しだけ予告してます。 【イベント情報】
「スカすなよ。ジャパン。」
2026年7月19日(日)
会場:梅田Lateral
ゲスト:ベテランち
※現地観覧・配信あり
[チケットURL]会場:https://livepocket.jp/e/ng6wu 配信:https://premier.twitcasting.tv/lateral_osaka/shopcart/440527

  • July 7 · 51 min

    #34 特集:ラディカル・オプティミズム(後半)「M!LKと大森時生」

    前半では、M!LKやモナキを中心に、現在のポップミュージックに漂う「反復」と「過剰」について話しました。 では、それは本当に“インフレの時代”をそのまま映した音楽なのか。後半では、その前提を少し疑いながら、インフレソングという言葉の奥にあるねじれについて考えていきます。 景気がいいから音楽が派手になっているのではなく、むしろ現実が冷え込んでいるからこそ、もっと明るく、もっと過剰に、もっと元気づける必要がある。M!LKやモナキの華やかさは、単なる浮かれた明るさではなく、どこかでデフレ的な閉塞感や、コロナ禍以後の傷つきを引き受けたものなのではないか。 そこから話は、大森時生が関わったテレ東音楽祭へ。リアルとフェイク、メインとサブ、懐かしさと現在性が同じ平面に置かれた、あの奇妙な歌謡祭をどう見るべきなのか。モキュメンタリー的な感覚が、なぜいま音楽番組の場で機能していたのかについて話しています。 さらに後半では、ベテランちが掲げる「東京2」の話もしています。ポップとサブカル、中心と外部、東京1と東京2。そのどちらか一方に閉じこもるのではなく、両方を行き来しながら、次にどこへ賭けるのか。現在のポップカルチャーを考えるうえで、この「東京2」的な態度がひとつの鍵になるのではないか、という話です。 暗い顔をする理由はいくらでもある。それでも、時代の絶望に回収されないために、明るさをどう保つのか。後半では、不透明な時代における態度としての「ラディカル・オプティミズム」について考えていきます。 ベテランち「東京2について考え中」https://www.youtube.com/live/BnpBAiFECLs?si=1s0e9aLhiPC4-DI3

  • July 5 · 59 min

    #33 特集:ラディカル・オプティミズム(前半)「M!LKと大森時生」

    「2025年を振り返ると、田中圭が『なんで知ってんの?なんで知ってんの?なんで知ってんの?』と慌てふためき、高市早苗が『働いて働いて働いて』と国民を鼓舞し、スーパーには平然と『古古古米』が並び、『倍倍FIGHT!』がバニラの広告トラックのごとく街中に響きわたる、そんな反復と過剰に満ちた一年でした。」 これは、我々が2月に開催したトークイベント「2025年のこたえあわせ」に合わせて書いた告知文です。 反復と過剰。あの時点では、2025年という一年を振り返るためのキーワードとして使っていた言葉でした。しかし2026年上半期の音楽シーンを見ていると、そのムードはむしろ、よりはっきりと輪郭を持ちはじめているように感じます。 M!LK、FRUITS ZIPPER、モナキ、倍倍FIGHT……近年のポップミュージックには、なぜこんなにも「増えていく」「繰り返される」「爆裂している」感覚があるのか。景気がいいわけではないのに、音楽や推し活の側だけが過剰に明るく、感情だけがどんどん膨らんでいく。最近になって、この奇妙なズレを「インフレカルチャー」「インフレソング」として捉える言説も語られはじめています。 文化系トークラジオLife「インフレカルチャー?~値上がり時代の欲望と不安」 https://www.youtube.com/live/z7RQa_fjy8k?si=iKBvVWCudTyTs3R9 柴 那典「M!LKと『過剰の時代』」 https://note.com/shiba710/n/nf968672c483e この流れを受けて、前半では、M!LKやモナキを中心に、平成的なコミックソング、K-POP以後のJ-POP、そして推し活の変化などを行き来しながら、現在のポップに漂う「反復」と「過剰」の正体を探っていきます。 さて、ここまではあくまで「現在」の話。我々の仕事は、この先の未来の話をすることです。

  • May 31 · 54 min

    #32 特集:アダルトD2C(後半)「『ユーフォリア』とmyfans」

    「アダルトD2C」が開いた金融市場。OnlyFansやmyfansのようなプラットフォームは、身体や性的なイメージを直接販売する場であると同時に、認知、距離、寄り添いといった「親密さ」そのものに値札を付ける場でもあります。HBOドラマシリーズ『ユーフォリア/EUPHORIA』が描いていたのも、まさにその構造でした。マッチングアプリが出会いを仲介する装置だとすれば、OnlyFans的なプラットフォームは、性や親密さを個人が直接流通させる装置です。DMが届くこと、名前を覚えられること、少しだけ距離が縮まること、そうした「近さ」の感覚そのものが商品として売買されている。スパチャ、推し活、インフルエンサー、さらにはAI的な“寄り添い感”まで含めて、いま価値を持っているのは「どれだけ近く感じられるか」です。身体の露出は、そのための入口にすぎず、本当に売られているのは、もっと曖昧で、もっと値付けしにくいはずだった「親密さ」なのかもしれない。アダルトD2C『ユーフォリア』とmyfans。人はなぜ「親密さ」に課金し、その先で何を失い、何を得ているのかを考えます。

  • May 25 · 1 hr 9 min

    #31 特集:アダルトD2C(前半)「『ユーフォリア』とmyfans」

    今回の特集は「アダルトD2C」。生産者が、実店舗や中間業者に大きく依存するのではなく、アダルト商品を購入者に直接届ける——それがアダルトD2Cです。アダルト商品をただ売るのではなく、世界観や安心感ごと直接届ける仕組み。買いにくさや後ろめたさは、どう変わったのか。流通、ブランディング、セクシュアリティの現在地を語ります。 そこで接続するのは、HBOドラマシリーズ『ユーフォリア/EUPHORIA』。セックス、ドラッグ、暴力、SNS……現代の若者が抱えるさまざまな問題を極めて鮮烈に描いた本作は、主演のゼンデイヤを中心に、シドニー・スウィーニー、ジェイコブ・エロルディ、ハンター・シェイファーら豪華キャストが出演。制作はA24、制作総指揮にはドレイクも名を連ねており、現代ポップカルチャーの象徴的作品として高く評価されています。 本作で、シーズン1と2で登場していたのがマッチングアプリ。それがシーズン3では、OnlyFansのような、より直接的に「性」や親密さを流通させるプラットフォームへと置き換わります。つまり、恋愛や出会いを仲介するサービスから、性や親密さそのものを個人が直接販売・発信するプラットフォームへと、流通のかたちが変わったということ。そんなOnlyFansの日本版のような形として2021年にサービスを開始したのが「myfans」。いまや、アダルト商品だけでなく、身体そのもの、親密さそのものが「直接届けられるもの」になっている。そこでは匿名性、承認欲求、自己演出、安心感までもが商品化されていきます。 『ユーフォリア/EUPHORIA』が描いていたのは、まさにそうした「性」の流通が、現代においてどのように欲望や自己像と結びついているのか、という問題でもあります。性がいま、どのように流通し、消費され、自己演出の手段になっているのかを考えます。 【トークイベント緊急開催!!!】 てけしゅん過剰接続 六月祭 「正気を取り戻せ!」〜アルゴリズム地獄篇〜 6月1日(月)20時〜 @代官山晴れたら空に豆まいて 前売/配信 ¥2800 当日 ¥3000 https://haremame.com/schedule/81930/

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  • March 29 · 1 hr 6 min

    #30 特集:DREAM BIG(後半)「『マーティ・シュプリーム』と溝口勇児」

    自己啓発本はいつも無茶を言う。 「夢は大きく持て」だがしかし「謙虚でいろ」。 王を目指せ、同時に腰を低くせよ。 果たしてそんなことができるのか。 今回はこの「ビッグになれ、でも調子に乗るな」という、おおよそコンテンツ過剰接続自身にも降りかかっている問題を、映画『マーティ・シュプリーム』を起点に、起業家、インフルエンサー、スターたちへと接続しながら考えます。 なぜ、本当に上まで行く人ほど、キレないのか。 なぜ、エゴだけの人は、ミームを残せても天下を獲ることができないのか。 なぜ、巨大な自我は「公共性」を背負った途端に許されてしまうのか。 夢は見ろ。でも出しゃばるな。 アクセルとブレーキを同時に踏むべし。 そんな無茶なルールのなかで、夢と謙虚さのあいだに引き裂かれる人たちがいる。そんな人たちの足跡を辿ることできっと大きな夢を成し遂げるためのヒントが見つかるはず。 ――行ってらっしゃい(敬具)

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  • March 24 · 1 hr 19 min

    #29 特集:DREAM BIG(前半)「『マーティ・シュプリーム』と溝口勇児」

    ※コンテンツ過剰接続ワード“人狂(じんくる)” 意味 : 人生が狂っちゃってもいいぐらい魅力に溢れているさま 今回の特集は「マーティ・シュプリーム」と溝口湧児で夢を大きく語ること=DREAM BIGについて考えます。ストリートと自己啓発、表現とブランディング、切実さと誇大妄想。そのあいだを往復しながら、“デカい夢”がいまや一つのインフラになっている現代を過剰に受信していきます。成功、表現、救済、ハッタリ、セルフ神話化。大きな夢はなぜこれほど人を励まし、同時に、いつからこんなに希望と詐術の両方を帯びるようになったのか。それでは、過剰接続に「行ってらっしゃい!!」

  • March 15 · 1 hr 4 min

    #28 特集:欅坂46(後半)「平手友梨奈とパーティー」

    みなさん、最近「パーティー」してますか? 特集「平手友梨奈とパーティー」の後半戦となる今回は、深夜の謎のテンションと疲労感が相まって、パーソナリティ二人のトークが思わぬ方向へと大脱線&大加速していきます。事の発端は、欅坂46(とりわけ平手友梨奈)が放つ「刹那的な魅力」について。今この瞬間しか存在しないようなヒリヒリとした熱狂。それは12時に解けてしまうシンデレラの魔法。 「シンデレラのガラスの靴はピッタリなのになんで途中で脱げたんだろうね」 そして話は渋谷のクラブカルチャーからなぜかアメリカの政治にまで飛躍。 「ちくしょう パーティーばかりではないか」 そしてこの混沌とした宴だらけの世の中で、最もしたたかに立ち回った人物がいる。パーティーが終わる音を誰よりも早く察知し、株価が最高潮のタイミングで絶妙に売り抜けた政治家的なあの嗅覚について、畏敬の念を抱かずにはいられません。 あの頃、平手友梨奈が主催した巨大なパーティーに参加してしまった私たちの感情の行き場は、一体どこにあるのか? 【警告】 本エピソードは、聴く人によっては過去の古傷が疼き、メンタルに致命的なダメージを負う可能性があります。ただし、人は生きていく上で、パーティーに参加することを避けられません。どうか自己責任で、この狂乱のポッドキャストフェスティバルにダイブしてください!

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  • March 8 · 1 hr 10 min

    #27 特集:欅坂46(前半)「平手友梨奈とパーティー」

    大変お待たせしました。約2ヶ月ぶりの更新です。 今回の特集は「欅坂46」。なぜ今更?と思うはず。先月2月11日の深夜1時、突如発表された平手友梨奈の結婚発表。人様の結婚にああだこうだという資格はないし、彼女の所属する事務所の社長が一切触れていないのも謎だし、そもそもなぜそんな夜遅くに発表?とも思うわけだけど、それも全て彼女を知っている人間なら納得できてしまう。 さて平手友梨奈も結婚したことだし、改めてもう一度欅坂46について振り返ってみよう。そしてこれを最後に欅坂46について喋るのは終わりにしよう。パーティーの終わりを宣言しよう。欅坂について語るということは都市やメディア、社会それら全てについて語ることであり、同時に彼女たちの根源的な衝動を前にして机上の空論しか発することができないことを知ること。君は君の無力さに耐えられるか。 あのたったひと時のパーティーについて振り返ろう。あの夜、たくさんの人たちがいて、みんないなくなって、けれど全員この街で生きている。それがどんなに素晴らしいことかを噛み締めよう。街が街として存在していた最後の時代について。 坂道シリーズと渋谷/FRUITS ZIPPERとニンニク注射/This is Americaとサイレントマジョリティー/渋谷再開発と桜ヶ丘/ビリー・アイリッシュと岸谷蘭丸/Abemaと不遜さ/野田洋次郎とさや/BAD HOPとリアル/トランプと平手友梨奈/2016年と2018年

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  • January 18 · 1 hr 14 min

    #26 特集:2025年邦楽ベスト10(前半)「ゾス」と「祈り」

    今回の特集は「2025年邦楽ベスト10」 この特集は1月25日に阿佐ヶ谷ロフトAで開催されるトークイベント「宇野維正presents これはコンテンツ過剰接続ではない」の前半パートになります。10位から6位までを発表します。 コンテンツ過剰接続的邦楽ベスト10のキーワードは「ゾス」と「祈り」。自らに過剰な労働を課すことでQOLを高めようとする「ゾス」と、切実な願いのなかで人間的なオーセンティシーや救済を求めようとする「祈り」。これら2つは一見相反する行動のように思いますが、うまく併せていくことによってカオスな現代をサバイブすることができる。都市の不安と没入、インターネット。そして未来へ。続きはイベントで発表します。お楽しみに。 コンテンツ過剰接続 邦楽ベスト10(Spotifyプレイリスト)▶︎https://open.spotify.com/playlist/5miBO3eZKJpudFfY4j89c7?si=kDJ67jIOSNyLc2v7s2oAiA 5位から1位の発表は↓↓↓ 1月25日(日)阿佐ヶ谷ロフトA OPEN 17:30 - START 18:00 「宇野維正presents これはコンテンツ過剰接続ではない」 出演:宇野維正, 速水健朗, 私はこーへ, キムラ 現地チケット▶︎ https://livepocket.jp/e/6epo- 配信チケット▶︎ https://premier.twitcasting.tv/asagayalofta/shopcart/413921

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  • January 9 · 16 min

    【告知】トークイベント開催決定!「梅田Lateralと阿佐ヶ谷Loft A」

    1月25日(日)阿佐ヶ谷ロフトA OPEN 17:30 - START 18:00 「宇野維正presents これはコンテンツ過剰接続ではない」 出演:宇野維正, 速水健朗, 私はこーへ, キムラ 現地チケット▶︎ https://livepocket.jp/e/6epo- 配信チケット▶︎ https://premier.twitcasting.tv/asagayalofta/shopcart/413921 2月7日(土)梅田ラテラル OPEN 14:00 - START 14:30 コンテンツ過剰接続 トークイベント 「2025年のこたえあわせ」 出演:私はこーへ, キムラ 現地チケット▶︎ https://t.livepocket.jp/e/g7_c4 配信チケット▶︎ https://premier.twitcasting.tv/lateral_osaka/shopcart/407611

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  • January 8 · 1 hr 28 min

    #25 特集:紅白歌合戦2025「大森元貴と指原莉乃」

    あけましておめでとうございます!2026年もコンテンツ過剰接続をよろしくお願いします。 2026年最初の更新は、昨年大晦日の「第76回NHK紅白歌合戦」を振り返る感想戦をお届けします。(noteメンバーシップではこんな感じの音声をアップしてますよ〜というお試し回でもあります)。 年末年始を休まず働き、正月というハレの日を皆で迎え入れるための「奇祭」それが紅白歌合戦。日本独自の「ねじれ」が生み出すカオスと、労働の果てに、ここにしかないキラキラがあります。2026年を馬車馬のように駆け抜けるための活力を、このエピソードから受け取っていただければ!そしてもしこのエピソードを聴いて面白いと思っていただけたのなら、ぜひnoteメンバーシップ(https://note.com/c_overconnection/membership)もよろしくお願いします! 今回のトピック▶︎ 乃木坂46と新しいカギ/YOASOBI「アイドル」と松田聖子「青い珊瑚礁」/椎名林檎と米津玄師/大森元貴とジャニーズ/ナショナリズムとクリスチャニティ/HANAとレぜ/ちゃんみなとglobe/奉仕とエゴ/ステーキとブロマンス/YAZAWAとMIYAKE etc...

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  • Dec 26, 2025 · 1 hr

    #24 特集:実存(前半)「ちいかわとサルトル『嘔吐』」

    『コンテンツ過剰接続』2025年最後の特集は「実存」。年末にふさわしい壮大なテーマでしょう。「人間が存在すること」の不安や不条理を描いた哲学小説の名作、ジャン=ポール・サルトル『嘔吐』をもとに、今回我々が「過剰接続」によって読み解くのはそう、『ちいかわ』です。つまり、サルトルが20世紀における実存主義小説の金字塔としてその王座に座ったのならば、いま21世紀のその椅子に座るのは、他の誰でもない、ナガノだということ。 あなたがふと自分の手を、あるいは自分の名前の文字列をじっと見続けたとき、それが「自分の一部」という認識から離れ、なにか奇妙な肉の塊やうごめく生物のように見えて気味が悪くなった経験はありませんか?サルトルはこの生理的な不快感に「嘔吐」と名付けました。 たとえば 『ちいかわ』におけるキメラ化。かつて「かわいくて無害な住民」だったものが、何か過剰な力を得て、意味不明な奇声を上げる「得体の知れない肉塊」へと変貌してしまう。「あの子」がキメラに変わってしまったエピソードで、ちいかわ達が感じる戦慄こそ、まさに『嘔吐』の主人公・ロカンタンが感じた「今まで知っていた世界が、ドロドロした異質なものに裏返る感覚」そのものです。両作品に共通するのは、「世界は残酷で無意味かもしれない。それでも、何か小さな世界の秩序を見つけて、今日をやり過ごしていくしかない」という、諦念と表裏一体のタフな実存、生活実感です。 21世紀の不条理文学の金字塔こと『ちいかわ』。来年には映画化も控えるこの作品について『嘔吐』をもとに考えることこそ、20世紀と21世紀に共通するテーマを発見し、その先の未来を照らすことに繋がるはずです。年末年始を家族団欒でワイワイと過ごす方も、ちいかわとハチワレのようにふたりでささやかに過ごす方も、ロカンタンのように部屋でひとりごちるだけの方も、このエピソードを聴いて、じっくりと来年に想いを馳せるのはいかがでしょうか。それでは皆さま、良いお年を。 訂正: ちいかわとでかつよの関係性について話していた部分で、ちいかわ族がその場でグィングィンとでかつよになる描写や鎧さんがでかつよになってしまったちいかわをその場で討伐対象に指定する描写の話をしていましたが、原作に直接そのことを描いているシーンはありませんでした。あくまで考察の域を出ていない原作の外の諸々のでかつよ考察を、そのまま原作の展開と誤認してしまっていました🙇

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  • Dec 9, 2025 · 1 hr 21 min

    #23 特集:ドパガキ(後半)「『MISHIMA』とオタク敬具」

    今回の特集をするにあたって、三島由紀夫の書いた本を何冊か読んでみたのですが、短期間で一気に読むものではないですね。とても特異な体験でした。気がつくと三島特有の厳格かつ断定的な口調が自分にも伝染しかけており、このままだと日常生活に支障をきたすことになりかねない。無事この特集も録り終えたことですし、暫く三島とはおサラバするのが良さそうです。他の本読むぞ〜! SpotifyやApple Musicの一年のまとめが出揃い、人々のメチャクチャな聴取傾向を見ていると、まさに「ドパガキ」そのもの。サブスクリプションの登場によって様々なジャンルを過剰に横断する消費行動が容易となった今、私たちは「あるのがいけない!あるのがいけない!」と叫びながら、空腹を満たすために狂ったようにコンテンツを貪り続けるのです。果たしてそこに目的意識はあるのか。ロマンはあるのか。美意識はあるのか。理想的なカルチャー活動とは、ただ闇雲にカルチャー物欲を満たすものではなく、新鮮な判断材料の調達や思考の整理、あるいは価値観を彫琢するために行われるべきもの(べきとまでは言わずともその方が有意義とは思う)であって、手っ取り早く階段を一段二段飛ばすことが真に致命的だということは、たとえ大学まで行かずとも、おおよそ義務教育くらいでとっくに教わることでしょう。自分は現在、ほとんどまったくドーパミンの出ない作業に日々のおよそ8割の時間を費やしているわけですが、その8割の時間で慎ましく、「雨ニモマケズ」のごとく鍛錬を積んでいると、残り2割のドーパミンの発生時に極めて実感を持って快楽を得ることができることに気づきました。磨いて磨いて鍛えて鍛えて耐え凌ぎ、我慢して我慢して…そして蓄積したパワーをようやく解放する瞬間に獲得できるドーパミン。それこそが本当で、それ以外は嘘です。なんてことは言いませんが、三島について考えるようになってからの自分は、以前と比べてどこか変わってしまったようです。この回を聴いたみなさんにも同じような体験が降りかかることを密かに願います。

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  • Nov 30, 2025 · 1 hr 2 min

    #22 特集:ドパガキ(前半)「『MISHIMA』とオタク敬具」

    2025年も残すところあと一ヶ月。『コンテンツ過剰接続』本編の特集も年内ラスト2つ。今回の特集は、なんと「ドパガキ」です。つまりリスナーの皆さんに訴えたいのは、コンテンツ過剰接続的2025年新語・流行語大賞は「ドパガキ(ドーパミン中毒のガキ)」ということです。昨年2024年末、ミセスが「た・す・け・て」で猛威を振るっていた頃、「ドパガキ」という概念を象徴するポストが生まれました。「Mrs. Green Appleのライラックをさっき初めて通しで聴いたんだけど、集中力がないZ世代のガキが途中で再生止めないように一定間隔でメロディに変化を加えてて、ドーパミン中毒のガキ相手の商売って大変だなって思いました(https://x.com/koko_ni_iru4/status/1872982807225815335)」。このツイートを機に、理性を捨てて脳内快楽(ドパミン)に溺れる中毒者を、シニカルかつ愛嬌(あるいは哀愁)を込めて呼ぶネットスラング「ドパガキ」が生まれ、そして2025年、「エッホエッホ」「オンカジ」「チョコミントよりもあ・な・た」「働いて働いて働いて働いて働いてまいります」「ラブブ」「お前が行かなきゃお前が行かなきゃお前が行かなきゃお前が行かなきゃ誰が行く」「倍倍FIGHT!」... 見事にドーパミン中毒な一年となりました。なによりも「過剰接続」自体がドパガキそのものなのです。  そんな「ドパガキ」について考える上で、接続するのは、今年の東京国際映画祭で40年ぶりに国内上映されたポール・シュレーダー監督作『MISHIMA』です。三島由紀夫が割腹自殺を遂げた最期の日を舞台に、三島の過去をたどる回想と、三島の小説作品を映像化した劇中劇を織り交ぜながら、その生涯を描いた映画です。これを見ると、三島という人物が自己と理想との乖離に葛藤し、映えに執着し、誰よりもSNS的想像力を先取りしていたことがわかります。つまり三島はドパガキである!というのはあまりにも簡単なので、ぜひ本編を聞いてみてください。

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  • Nov 16, 2025 · 57 min

    #21 特集:ポッドキャスト(後半)「素人目線のPodcastのつくり方」

    前半をお聴きいただき、このポッドキャストの壮絶な制作背景がお分かりいただけたと思います。「時間をかければかけるほど良いものが完成する」というのが正しいかどうかは知りませんが、我々が我々のプロダクトに対して十分なクオリティコントロールを遵守していくためには、夜中に何時間も、冴えたアイデアが出るまで決して終わらない打ち合わせとかを続けることが必要なのです。 面白いポッドキャストを作るうえで絶対に欠かしてはならないポイントが「独自性」と「ステートメント」だと思います。まずもって、このポッドキャストでしか得られない体験はあるのか。そして、このポッドキャストはどんな目的意識を持ち、どのように社会を捉え、どうアプローチしているのか。この2つがないものは凡百のそれに終わります。人は簡単に忘れるし、忘れられた者の骨が丁寧に拾われることは滅多にない。そのことに対する強い絶望と危機感があるからこそ、我々は何時間も打ち合わせをし、必死にミッシングリンクを探すわけです。たった数日で忘れ去られるような一時の話題ではなく、時代を長期的に捉え、この先振り返った際にも有効なトピックを選別し、誰も思いつかないような過剰な接続と飛躍を介して、そして最後にようやく「本当」のことへと着地する。それが『コンテンツ過剰接続』のアイデンティティです。今回の特集は自己紹介回であり、カルチャー活動の最先端がサウナからポッドキャストになった時代に対する、我々からの宣言でもあります。どうぞお聴きください。

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  • Nov 11, 2025 · 1 hr

    #20 特集:ポッドキャスト(前半)「素人目線のPodcastのつくり方」

    コンテンツ過剰接続もおかげさまで#20 に突入しました。そんな節目のタイミングで取り上げる特集はズバリ、ポッドキャスト。一般人のDIYなものから、芸人やタレントがラジオ局やYouTubeのインフラを活かして進出する動きまで、巷では空前のポッドキャストブーム! というわけで今回は、先日刊行された野村高文著『プロ目線のPodcastのつくり方』(https://amzn.asia/d/bZ9MDLq)を教材にしながら、この『コンテンツ過剰接続』が果たしてどのようにして作られているのかを解説します。本書で書かれている「すべきこと」を、我々は満たしているのか?敢えてそうではないやり方を選択しているならば、その理由は何なのか?本書の「企画」「トークテーマ&台本」「話し方&聞き方」「収録」「編集」「流通&マネタイズ」という項目に沿ってひとつひとつチェックしながら語っています。「素人はSNSやるな」の時代、ポッドキャストなら素人でもやっていいっぽいので、皆さんもぜひこれを聴いてポッドキャスターデビューしましょう!

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  • S1 · E20
    Nov 3, 2025 · 1 hr 12 min

    #19 特集:あのちゃん(後半)「ミスiDと『ちゅ、多様性。』」

    ※注意 : 私はこーへは大衆という意味で使われる市井(しせい)の人々を、“いちいのひとびと”と間違って発音しています。正しくはしせいです。 概要文: 「特集:あのちゃん」と題しておきながら、前半はミスiDの歴史を振り返るお勉強回となりましたが、いかがでしたでしょうか?「そんな時代もあったね」と懐かしむ人も、「え!金井球ってミスiD出身だったんだ!」と新鮮に驚いた人も、「もう二度と振り返りたくないな」と古傷を痛めてしまった人も、少なくともこの回を聞こうとするくらいの意欲のある人たちにとって、すべからく2010年代は文化の季節でした。それはありとあらゆる人々の様々な喜びや悲しみ、出会いや別れ、アクシデントやトラウマを踏まえた上での、絶対に再現不可能な季節。そして2020年代は資本の季節となり、ありとあらゆるものが経済化され、金銭の授受によって全ての価値が図られ、2010年代に蓄えた文化の堆積はついぞ収奪されました。奪われたものにしか奪われることの本当の悲痛を理解することはできない。ウエストランドの漫才が所詮「主体性のない悪口」でしかなかったように、主体性のない消費行動を繰り広げる現代人に差し出すための料理ばかりが作り続けられる現在、行き着く先は限りなく地獄のように思えるのですが、せめて見晴らしの良い地獄であってほしいと願うばかりです。 後半では、前半で話したミスiD史を踏まえつつ、大森靖子と日本のフォークミュージック文化の共振について話しています。すると日本語ロック、はっぴいえんど史観を飛躍して、日本語ラップへと過剰接続することとなりました。そして最後には私はこーへの独白で終わります。あのちゃんの話をしていなくとも、間違いなくあのちゃんの話をしています。ぜひお聴きください。

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