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人を信頼するって、本当はどういうことなんだろう。
信頼は、たぶん、結果と関係がない。信頼するから、関わり続ける。
質問回答エピソード後編です。前編からの続きですが、後編単独でも聴けます。
「やっぱりクズだった」と判定して離れる動きは、もう信頼の話ではないのかもしれない。それは、結果の答え合わせ。
信頼そのものは、結果に関わりなく、その手前で動いている。
そんな整理を、現象学のエポケー(判定の保留)、イエス・キリストの「右の頬を打たれたら左の頬を」が示す身体合理性の極限、関わりがカジュアル化した時代論などを補助線にしながら話しました。
最後には、「解いていけば、解けていく」── これが大沼竜也なりの幸せの形です。
参考にした古今東西の信頼論(ブログ版で明示):
- ニクラス・ルーマン『信頼』(Trust vs Confidence)
- アネット・バイヤー "Trust and Antitrust" (Trust vs Reliance)
- 山岸俊男『信頼の構造』(信頼 vs 安心)
- キェルケゴール『おそれとおののき』(信仰の飛躍)
- キリスト教 / 仏教
ブログ記事「信頼するから、関わり続ける」と合わせてどうぞ。
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