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高千穂さんのご縁です。 · October 14 · 8 min

【王舎城の悲劇】──『観無量寿経』が説く救いと韋提希夫人の姿

🔶マガダ国の王位をめぐる「王舎城の悲劇」 古代インドで強大な勢力を持っていたマガダ国の首都・王舎城(おうしゃじょう)を舞台にした、『仏説観無量寿経(ぶっせつかんむりょうじゅきょう)』というお経に説かれている物語です。 国王である頻婆娑羅王(びんばしゃらおう)と韋提希夫人(いだいけぶにん)の間には長らく子供が恵まれませんでした。占い師に相談すると「3年後に山奥に住む仙人が死んで王子として生まれ変わる」と告げられます。しかし、待ちきれなかった王は使いを出して仙人を殺してしまいました。まもなく夫人は身籠もりますが、占い師は「仙人は恨みを残して死んだため、生まれてくる子はきっと両親に害を与えるでしょう」と予言します。恐ろしくなった王は、生まれてきた子を高い塔の上から産み落として殺そうとしましたが、奇跡的に手の小指を折っただけで命を取り留めました。この王子が阿闍世太子(あじゃせたいし)です。 🔶提婆達多の暗躍と親子の愛憎 一方その頃、お釈迦さまのいとこであり教団の乗っ取りを画策していた提婆達多(だいばだった)が阿闍世太子に接近し、神通力を見せて信頼を得ます。そして「お前は父を殺して新しい王になれ。私はお釈迦さまを殺して新しい仏になる」とそそのかし、ひた隠しにされていた誕生の秘密(親が自分を殺そうとした事実)を暴露してしまいました。 真実を知って激怒した阿闍世太子は、父・頻婆娑羅王を牢獄に幽閉して餓死させようとします。悲しんだ母・韋提希夫人は密かに牢獄へ食べ物を運びましたが、これが発覚すると阿闍世太子はさらに激怒し、実の母まで殺そうと剣を抜きました。 そこで、月光(がつこう)と耆婆(ぎば)という二人の大臣が「古来、王位を奪うために父を殺した者はいますが、母を殺した者など聞いたことがありません。そのような王にはついて行けません」と厳しく諫めました。阿闍世太子は母を殺すことだけは思いとどまりましたが、父親と同じように深い牢獄へと幽閉してしまいました。 🔶韋提希夫人の悲嘆とお釈迦さまの導き 牢獄の中で悲嘆に暮れた韋提希夫人は、お釈迦さまに向かって「私にどんな罪があって、このような悪い子を産んでしまったのでしょうか。そもそも、お釈迦さまはどうしてあんな悪人の提婆達多と親戚なのですか」と泣き叫び、怒りをぶつけました。元はと言えば自分たちが我が子を殺そうとした身勝手な過去があるにもかかわらず、そのことは棚に上げて他人を責め立てたのです。 しかし、お釈迦さまはそれに対して何も説教することなく、ただ微笑まれました。そして眉間から金色の光を放ち、宇宙に存在する数々の美しい仏の国(浄土)を映し出して見せました。それを見た韋提希夫人は、「私は阿弥陀如来の極楽浄土に生まれたい」と願います。お釈迦さまはそれに応え、お浄土へ至るための様々な修行(観法)を説き、その最終的な結論として「お念仏(南無阿弥陀仏)こそが、どんな者でも救われる最上の教えである」と示されるのです。 🔶経典の登場人物は「私の姿」を映す鏡 浄土真宗において、この『観無量寿経』の主人公である韋提希夫人の姿は、決して遠い昔の他人事ではありません。我が身の罪をごまかし、都合が悪くなると他人のせいにして泣き叫ぶその浅ましい姿は、まさに煩悩にまみれた「この私(凡夫)」自身のありのままの姿を映し出しています。 親鸞聖人は、頻婆娑羅王も韋提希夫人も阿闍世太子も提婆達多も、すべての登場人物は「この私一人をお念仏の教えに出会わせるために、お釈迦さまと共に仮の姿となって現れてくださった仏さま方である」と深く味わわれました。完全無欠な善人にはなれない、自分の中にあるドロドロとした悪やエゴイズムと向き合いながら、そんな私を決して見捨てずにすべてを包み込んでくださる阿弥陀さまの救い(お念仏)をいただいていく。それが「王舎城の悲劇」が私達に教えてくれる最も大切なメッセージなのです。 🔶今週のまとめ 【1】古代インド・マガダ国の王舎城を舞台に、親子の愛憎と救いを描いた『仏説観無量寿経』の物語を「王舎城の悲劇」と呼びます。 【2】親が自分を殺そうとした出生の秘密を知った阿闍世太子は、提婆達多にそそのかされて父・頻婆娑羅王を幽閉し、母・韋提希夫人をも牢獄に閉じ込めました。 【3】我が身の罪を棚に上げて他者を責め立てる韋提希夫人に対し、お釈迦さまは黙って数々の浄土を見せ、彼女は阿弥陀如来の極楽浄土へ生まれることを願いました。 【4】自己中心的で浅ましい韋提希夫人の姿は、実は私たち自身の醜い「凡夫」の姿そのものを表しており、経典は私自身の心を見つめる鏡となっています。 【5】親鸞聖人は、登場するすべての悪人や被害者は、「この私」をお念仏の救いへと導くために現れてくださった尊いご縁(仮の姿)であると深く受け止められました。 次回テーマは「浄土真宗と『菊(聴く・聞く)』」です。 どうぞお楽しみに。 お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。 お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。

0:00-8:55

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🔶マガダ国の王位をめぐる「王舎城の悲劇」


古代インドで強大な勢力を持っていたマガダ国の首都・王舎城(おうしゃじょう)を舞台にした、『仏説観無量寿経(ぶっせつかんむりょうじゅきょう)』というお経に説かれている物語です。


国王である頻婆娑羅王(びんばしゃらおう)と韋提希夫人(いだいけぶにん)の間には長らく子供が恵まれませんでした。占い師に相談すると「3年後に山奥に住む仙人が死んで王子として生まれ変わる」と告げられます。しかし、待ちきれなかった王は使いを出して仙人を殺してしまいました。まもなく夫人は身籠もりますが、占い師は「仙人は恨みを残して死んだため、生まれてくる子はきっと両親に害を与えるでしょう」と予言します。恐ろしくなった王は、生まれてきた子を高い塔の上から産み落として殺そうとしましたが、奇跡的に手の小指を折っただけで命を取り留めました。この王子が阿闍世太子(あじゃせたいし)です。


🔶提婆達多の暗躍と親子の愛憎


一方その頃、お釈迦さまのいとこであり教団の乗っ取りを画策していた提婆達多(だいばだった)が阿闍世太子に接近し、神通力を見せて信頼を得ます。そして「お前は父を殺して新しい王になれ。私はお釈迦さまを殺して新しい仏になる」とそそのかし、ひた隠しにされていた誕生の秘密(親が自分を殺そうとした事実)を暴露してしまいました。


真実を知って激怒した阿闍世太子は、父・頻婆娑羅王を牢獄に幽閉して餓死させようとします。悲しんだ母・韋提希夫人は密かに牢獄へ食べ物を運びましたが、これが発覚すると阿闍世太子はさらに激怒し、実の母まで殺そうと剣を抜きました。

そこで、月光(がつこう)と耆婆(ぎば)という二人の大臣が「古来、王位を奪うために父を殺した者はいますが、母を殺した者など聞いたことがありません。そのような王にはついて行けません」と厳しく諫めました。阿闍世太子は母を殺すことだけは思いとどまりましたが、父親と同じように深い牢獄へと幽閉してしまいました。


🔶韋提希夫人の悲嘆とお釈迦さまの導き


牢獄の中で悲嘆に暮れた韋提希夫人は、お釈迦さまに向かって「私にどんな罪があって、このような悪い子を産んでしまったのでしょうか。そもそも、お釈迦さまはどうしてあんな悪人の提婆達多と親戚なのですか」と泣き叫び、怒りをぶつけました。元はと言えば自分たちが我が子を殺そうとした身勝手な過去があるにもかかわらず、そのことは棚に上げて他人を責め立てたのです。


しかし、お釈迦さまはそれに対して何も説教することなく、ただ微笑まれました。そして眉間から金色の光を放ち、宇宙に存在する数々の美しい仏の国(浄土)を映し出して見せました。それを見た韋提希夫人は、「私は阿弥陀如来の極楽浄土に生まれたい」と願います。お釈迦さまはそれに応え、お浄土へ至るための様々な修行(観法)を説き、その最終的な結論として「お念仏(南無阿弥陀仏)こそが、どんな者でも救われる最上の教えである」と示されるのです。


🔶経典の登場人物は「私の姿」を映す鏡


浄土真宗において、この『観無量寿経』の主人公である韋提希夫人の姿は、決して遠い昔の他人事ではありません。我が身の罪をごまかし、都合が悪くなると他人のせいにして泣き叫ぶその浅ましい姿は、まさに煩悩にまみれた「この私(凡夫)」自身のありのままの姿を映し出しています。


親鸞聖人は、頻婆娑羅王も韋提希夫人も阿闍世太子も提婆達多も、すべての登場人物は「この私一人をお念仏の教えに出会わせるために、お釈迦さまと共に仮の姿となって現れてくださった仏さま方である」と深く味わわれました。完全無欠な善人にはなれない、自分の中にあるドロドロとした悪やエゴイズムと向き合いながら、そんな私を決して見捨てずにすべてを包み込んでくださる阿弥陀さまの救い(お念仏)をいただいていく。それが「王舎城の悲劇」が私達に教えてくれる最も大切なメッセージなのです。


🔶今週のまとめ


【1】古代インド・マガダ国の王舎城を舞台に、親子の愛憎と救いを描いた『仏説観無量寿経』の物語を「王舎城の悲劇」と呼びます。


【2】親が自分を殺そうとした出生の秘密を知った阿闍世太子は、提婆達多にそそのかされて父・頻婆娑羅王を幽閉し、母・韋提希夫人をも牢獄に閉じ込めました。


【3】我が身の罪を棚に上げて他者を責め立てる韋提希夫人に対し、お釈迦さまは黙って数々の浄土を見せ、彼女は阿弥陀如来の極楽浄土へ生まれることを願いました。


【4】自己中心的で浅ましい韋提希夫人の姿は、実は私たち自身の醜い「凡夫」の姿そのものを表しており、経典は私自身の心を見つめる鏡となっています。


【5】親鸞聖人は、登場するすべての悪人や被害者は、「この私」をお念仏の救いへと導くために現れてくださった尊いご縁(仮の姿)であると深く受け止められました。


次回テーマは「浄土真宗と『菊(聴く・聞く)』」です。

どうぞお楽しみに。


お話は、熊本市中央区京町(きょうまち)にある仏嚴寺(ぶつごんじ)の高千穂光正(たかちほ こうしょう)さん。

お相手は丸井純子(まるい じゅんこ)でした。