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英神父となんでもトーク · September 26 · 20 min

第8回:怒りが湧いたとき、心をどう整える?

【第8回】怒りが湧いたとき、心をどう整える?|「祈り」の霊性論― ティク・ナット・ハンと「マルタとマリア」 ―腹が立つ。不安になる。焦る。忙しさに追われるうちに、自分でも気づかないまま心が乱れてしまう――。そんなとき、私たちはどうやって心を整えればよいのでしょうか。今回の「英神父となんでもトーク」は、第7回の「祈り」の身体論から一歩進んで、怒りや不安とどう向き合うのか、「祈り」の霊性について考えます。英神父が語るのは、怒りをただ抑え込んだり、無理に消そうとしたりするのではなく、まず自分の中にある感情をよく見つめること。「自分は、何にこんなに引っかかっているのだろう」「自分は、どんな“物差し”を持っているのだろう」そこに気づくところから、心を整える道が始まります。ティク・ナット・ハンのマインドフルネスでは、呼吸し、歩き、自分の足が大地に触れていることを感じながら、「今ここ」に戻っていくことが大切にされます。怒りが湧いたときも、すぐに追い払うのではなく、その怒りをよく見つめ、味わいながら歩いてみる。では、キリスト教の祈りではどうでしょうか。イグナチオの『霊操』では、自分の感情を見つめるだけで終わるのではなく、その怒りや苦しみを、ありのまま神やイエスに注ぎ出していくことができます。神に向かって怒ってもいい。イエスに、ありのままの自分をぶつけてもいい。祈りとは、きれいに整った言葉を並べることではなく、神との「関係」の中で、自分の心に起きていることを見つめ直していくことなのかもしれません。後半では、『ルカによる福音書』10章38〜42節の「マルタとマリア」の物語へ。客を迎えるために忙しく働き続けるマルタ。その一方で、イエスの足元に座り、その言葉に耳を傾けるマリア。忙しさに追われるマルタの姿は、予定や仕事に追われ、自分自身を見失いがちな私たちの姿とも重なります。ティク・ナット・ハンの「歩く瞑想」から、イグナチオの『霊操』、そして「マルタとマリア」へ。怒りが湧いたとき、心を整えるとはどういうことなのか。英神父とカッパが語り合います。みなさんは、怒りや不安が湧いたとき、どのように心を整えていますか?ぜひコメント欄で教えてください。―――――【訂正と補足】―――――番組内でティク・ナット・ハン師を「小乗仏教」と紹介する発言がありますが、正しくは、大乗仏教の流れをくむベトナム禅の僧侶です。訂正いたします。ハン師は、大乗仏教の伝統に立ちながら、上座部仏教でも重視される、呼吸や身体への気づきなど、初期仏教の教えを大切にしていました。そのため、瞑想やマインドフルネスの実践に注目すると、上座部仏教との共通点が見られます。ただし、実践の共通性と宗派上の系譜は区別する必要があります。なお、「小乗仏教」は歴史的に価値判断を含む呼称であり、現在の上座部仏教と同義ではありません。上座部仏教を指す場合は「上座部仏教(テーラワーダ仏教)」と表記するのが適切です。―――――――――――――――――【今回登場する本・参考リンク】■ ティク・ナット・ハン『微笑みを生きる――〈気づき〉の瞑想と実践』池田久代 訳/春秋社https://www.shunjusha.co.jp/book/9784...■ イグナチオ・デ・ロヨラ『霊操』川中仁 訳・解説/教文館https://www.kyobunkwan.co.jp/publishi...■ 英隆一朗『聖イグナチオ「霊操」の学びと黙想への招き』女子パウロ会https://shop-pauline.jp/?pid=191756860【ApplePodcast】英神父となんでもトークhttps://podcasts.apple.com/jp/podcast...【SpotifyPodcast】英神父となんでもトークhttps://open.spotify.com/show/0344KJa...【YouTubeMusic】英神父となんでもトーク • 英神父となんでもトーク 【聖書箇所】ルカによる福音書 10章38〜42節「マルタとマリア」【カトリック長府教会】■ カトリック長府教会 公式ホームページhttps://sites.google.com/view/chofu-c...●ホームページでは、毎週日曜日のミサの説教を①「音声」で聞く②「文章」で読む③「スライド」で見るという3つの方法でご覧いただけます。ぜひ、ご活用ください。■ カトリック長府教会 公式YouTube / @カトリック長府教会 【チャプター】00:00 オープニング00:43 「霊操」から、心を整える話へ02:00 忙しさの中で心は乱れる03:15 「今ここを生きる」――祈りとマインドフルネス05:25 怒りを「味わう」――歩く瞑想08:40 ティク・ナット・ハン流に心を整える11:20 歩く瞑想とイグナチオの「霊操」13:30 怒りを神に注ぎ出す16:15 「マルタとマリア」――ルカ10章38〜42節18:45 「良い方を選んだ」――視点が変わると心が整う#英神父となんでもトーク#英隆一朗#カトリック長府教会#心を整える#祈り#霊性#ティクナットハン#マインドフルネス#歩く瞑想#霊操#イグナチオ#マルタとマリア#カトリック#キリスト教#イグナチオデロヨラ#イエズス会 #仏教#瞑想 #黙想#歩く瞑想#怒り#アンガーマネジメント #ルカ福音書 #ヘンリナウエン#対話#下関 #長府

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【第8回】怒りが湧いたとき、心をどう整える?|「祈り」の霊性論― ティク・ナット・ハンと「マルタとマリア」 ―腹が立つ。不安になる。焦る。忙しさに追われるうちに、自分でも気づかないまま心が乱れてしまう――。そんなとき、私たちはどうやって心を整えればよいのでしょうか。今回の「英神父となんでもトーク」は、第7回の「祈り」の身体論から一歩進んで、怒りや不安とどう向き合うのか、「祈り」の霊性について考えます。英神父が語るのは、怒りをただ抑え込んだり、無理に消そうとしたりするのではなく、まず自分の中にある感情をよく見つめること。「自分は、何にこんなに引っかかっているのだろう」「自分は、どんな“物差し”を持っているのだろう」そこに気づくところから、心を整える道が始まります。ティク・ナット・ハンのマインドフルネスでは、呼吸し、歩き、自分の足が大地に触れていることを感じながら、「今ここ」に戻っていくことが大切にされます。怒りが湧いたときも、すぐに追い払うのではなく、その怒りをよく見つめ、味わいながら歩いてみる。では、キリスト教の祈りではどうでしょうか。イグナチオの『霊操』では、自分の感情を見つめるだけで終わるのではなく、その怒りや苦しみを、ありのまま神やイエスに注ぎ出していくことができます。神に向かって怒ってもいい。イエスに、ありのままの自分をぶつけてもいい。祈りとは、きれいに整った言葉を並べることではなく、神との「関係」の中で、自分の心に起きていることを見つめ直していくことなのかもしれません。後半では、『ルカによる福音書』10章38〜42節の「マルタとマリア」の物語へ。客を迎えるために忙しく働き続けるマルタ。その一方で、イエスの足元に座り、その言葉に耳を傾けるマリア。忙しさに追われるマルタの姿は、予定や仕事に追われ、自分自身を見失いがちな私たちの姿とも重なります。ティク・ナット・ハンの「歩く瞑想」から、イグナチオの『霊操』、そして「マルタとマリア」へ。怒りが湧いたとき、心を整えるとはどういうことなのか。英神父とカッパが語り合います。みなさんは、怒りや不安が湧いたとき、どのように心を整えていますか?ぜひコメント欄で教えてください。―――――【訂正と補足】―――――番組内でティク・ナット・ハン師を「小乗仏教」と紹介する発言がありますが、正しくは、大乗仏教の流れをくむベトナム禅の僧侶です。訂正いたします。ハン師は、大乗仏教の伝統に立ちながら、上座部仏教でも重視される、呼吸や身体への気づきなど、初期仏教の教えを大切にしていました。そのため、瞑想やマインドフルネスの実践に注目すると、上座部仏教との共通点が見られます。ただし、実践の共通性と宗派上の系譜は区別する必要があります。なお、「小乗仏教」は歴史的に価値判断を含む呼称であり、現在の上座部仏教と同義ではありません。上座部仏教を指す場合は「上座部仏教(テーラワーダ仏教)」と表記するのが適切です。―――――――――――――――――【今回登場する本・参考リンク】■ ティク・ナット・ハン『微笑みを生きる――〈気づき〉の瞑想と実践』池田久代 訳/春秋社https://www.shunjusha.co.jp/book/9784...■ イグナチオ・デ・ロヨラ『霊操』川中仁 訳・解説/教文館https://www.kyobunkwan.co.jp/publishi...■ 英隆一朗『聖イグナチオ「霊操」の学びと黙想への招き』女子パウロ会https://shop-pauline.jp/?pid=191756860【ApplePodcast】英神父となんでもトークhttps://podcasts.apple.com/jp/podcast...【SpotifyPodcast】英神父となんでもトークhttps://open.spotify.com/show/0344KJa...【YouTubeMusic】英神父となんでもトーク   • 英神父となんでもトーク  【聖書箇所】ルカによる福音書 10章38〜42節「マルタとマリア」【カトリック長府教会】■ カトリック長府教会 公式ホームページhttps://sites.google.com/view/chofu-c...●ホームページでは、毎週日曜日のミサの説教を①「音声」で聞く②「文章」で読む③「スライド」で見るという3つの方法でご覧いただけます。ぜひ、ご活用ください。■ カトリック長府教会 公式YouTube   / @カトリック長府教会  【チャプター】00:00 オープニング00:43 「霊操」から、心を整える話へ02:00 忙しさの中で心は乱れる03:15 「今ここを生きる」――祈りとマインドフルネス05:25 怒りを「味わう」――歩く瞑想08:40 ティク・ナット・ハン流に心を整える11:20 歩く瞑想とイグナチオの「霊操」13:30 怒りを神に注ぎ出す16:15 「マルタとマリア」――ルカ10章38〜42節18:45 「良い方を選んだ」――視点が変わると心が整う#英神父となんでもトーク#英隆一朗#カトリック長府教会#心を整える#祈り#霊性#ティクナットハン#マインドフルネス#歩く瞑想#霊操#イグナチオ#マルタとマリア#カトリック#キリスト教#イグナチオデロヨラ#イエズス会 #仏教#瞑想 #黙想#歩く瞑想#怒り#アンガーマネジメント #ルカ福音書 #ヘンリナウエン#対話#下関 #長府

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