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英神父となんでもトーク · October 24 · 23 min

第10回 :すべての真実なる生は出会いである

「すべての真実なる生は出会いである」人と「出会う」とは、どういうことでしょうか。そして、その出会いは、神を信じることとどうつながっているのでしょうか。「英神父となんでもトーク」第10回は、マルティン・ブーバーの『我と汝』を手がかりに、英神父とカッパが、人との関係、そして神との出会いについて語り合います。オンラインでの会話に感じる物足りなさ。相手を役割や能力で見てしまう日常。「人材」という言葉への違和感。こうした身近な経験から、相手を対象として見る「我とそれ」と、かけがえのない存在として向き合う「我と汝」の違いを考えます。後半は、「神父様にとって、神とはどのような存在ですか?」という問いへ。自然に触れたときの感動や、人生を振り返って気づく支えを通して、神の働きに目を向けます。そして、信じることを、すでに与えられた出会いや呼びかけへの「応答」として捉え直します。・「我思う、ゆえに我あり」の逆転!「初めに関係ありき」とは? ・目に見えない神様を、日常や人生の中でどう感じるのか? ・「信じる者は救われる」のコペルニクス的転回 ― 信仰とは呼びかけへの「応答(コール&レスポンス)」である 人との関係は、喜びばかりではありません。すれ違い、傷つき、苛立つこともあります。それでも消えない「誰かと深くつながりたい」という願い。その願いを支える「永遠の汝」について、共に考える回です。前回の「ロンリネスからソリチュードへ」につながる、出会いと応答をめぐる対話です。 信仰のある方も、まだよく分からないという方も、ご自身の経験と重ねながらご覧ください。──────────────────■ チャプター00:00 オープニング00:16 英神父とカッパの番組紹介00:48 オンラインでつながっていても感じる孤独02:04 ブーバー『我と汝』――二つの関係05:34 「はじめに関係ありき」――他者との間に生まれる自分08:27 「人材」という言葉と、人のかけがえのなさ09:40 神を「汝」として捉える10:54 神父様にとって、神とはどのような存在?12:28 自然と人生の歩みの中に、神の働きを感じる13:58 「信じる者は救われる」を問い直す――信仰は応答15:42 「すべての真実なる生とは、まさに出会いである」16:58 コロナ禍から問い直す、人・自然・神との関係19:46 「永遠の汝」を中心とするつながり20:54 人間関係は難しい。それでも深くつながりたい22:46 ロンリネスからソリチュードへ――支えられて生きる23:30 おわりに──────────────────■ 参考書籍・リンク▼ マルティン・ブーバー『我と汝』野口啓祐訳/講談社学術文庫https://www.kodansha.co.jp/book/produ...▼『カトリック教会のカテキズム 要約(コンペンディウム)』(カトリック中央協議会)https://www.cbcj.catholic.jp/publish/...▼ 対面とオンラインの交流における脳活動の違い動画冒頭で触れた2023年の研究についての公式記事(英語)イェール大学「Zooming in on our brains on Zoom」https://news.yale.edu/2023/10/25/zoom...▼前回(第9回) 孤独が軽くなるとき ― ロンリネスからソリチュードへ ― • 孤独が軽くなるとき【第9回 英神父となんでもトーク】 ▼Apple Podcastshttps://podcasts.apple.com/jp/podcast...▼Spotify Podcasthttps://open.spotify.com/show/0344KJa...▼YouTube Music • 英神父となんでもトーク ▼ 教会のご案内カトリック長府教会 公式ホームページ●ホームページでは、毎週日曜日のミサの説教を①「音声」で聞く②「文章」で読む③「スライド」で見るという3つの方法でご覧いただけます。ぜひ、ご活用ください。──────────────────■ 出演英隆一朗(イエズス会司祭/カトリック長府教会)カッパ(まだ洗礼を受けていない聞き手)皆さんには、振り返って「支えられていた」と感じる出会いがありますか?よろしければ、コメントでお聞かせください。#英神父となんでもトーク#我と汝#マルティンブーバー#出会い#信仰#カトリック#長府教会#カテキズム#ユダヤ教#信じるものは救われる#ロンリネス#ソリチュード#コールアンドレスポンス#call&response#英隆一朗#キリスト#イエス#カッパ

0:00-23:53

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「すべての真実なる生は出会いである」人と「出会う」とは、どういうことでしょうか。そして、その出会いは、神を信じることとどうつながっているのでしょうか。「英神父となんでもトーク」第10回は、マルティン・ブーバーの『我と汝』を手がかりに、英神父とカッパが、人との関係、そして神との出会いについて語り合います。オンラインでの会話に感じる物足りなさ。相手を役割や能力で見てしまう日常。「人材」という言葉への違和感。こうした身近な経験から、相手を対象として見る「我とそれ」と、かけがえのない存在として向き合う「我と汝」の違いを考えます。後半は、「神父様にとって、神とはどのような存在ですか?」という問いへ。自然に触れたときの感動や、人生を振り返って気づく支えを通して、神の働きに目を向けます。そして、信じることを、すでに与えられた出会いや呼びかけへの「応答」として捉え直します。・「我思う、ゆえに我あり」の逆転!「初めに関係ありき」とは? ・目に見えない神様を、日常や人生の中でどう感じるのか? ・「信じる者は救われる」のコペルニクス的転回 ― 信仰とは呼びかけへの「応答(コール&レスポンス)」である 人との関係は、喜びばかりではありません。すれ違い、傷つき、苛立つこともあります。それでも消えない「誰かと深くつながりたい」という願い。その願いを支える「永遠の汝」について、共に考える回です。前回の「ロンリネスからソリチュードへ」につながる、出会いと応答をめぐる対話です。 信仰のある方も、まだよく分からないという方も、ご自身の経験と重ねながらご覧ください。──────────────────■ チャプター00:00 オープニング00:16 英神父とカッパの番組紹介00:48 オンラインでつながっていても感じる孤独02:04 ブーバー『我と汝』――二つの関係05:34 「はじめに関係ありき」――他者との間に生まれる自分08:27 「人材」という言葉と、人のかけがえのなさ09:40 神を「汝」として捉える10:54 神父様にとって、神とはどのような存在?12:28 自然と人生の歩みの中に、神の働きを感じる13:58 「信じる者は救われる」を問い直す――信仰は応答15:42 「すべての真実なる生とは、まさに出会いである」16:58 コロナ禍から問い直す、人・自然・神との関係19:46 「永遠の汝」を中心とするつながり20:54 人間関係は難しい。それでも深くつながりたい22:46 ロンリネスからソリチュードへ――支えられて生きる23:30 おわりに──────────────────■ 参考書籍・リンク▼ マルティン・ブーバー『我と汝』野口啓祐訳/講談社学術文庫https://www.kodansha.co.jp/book/produ...▼『カトリック教会のカテキズム 要約(コンペンディウム)』(カトリック中央協議会)https://www.cbcj.catholic.jp/publish/...▼ 対面とオンラインの交流における脳活動の違い動画冒頭で触れた2023年の研究についての公式記事(英語)イェール大学「Zooming in on our brains on Zoom」https://news.yale.edu/2023/10/25/zoom...▼前回(第9回) 孤独が軽くなるとき ― ロンリネスからソリチュードへ ―    • 孤独が軽くなるとき【第9回 英神父となんでもトーク】  ▼Apple Podcastshttps://podcasts.apple.com/jp/podcast...▼Spotify Podcasthttps://open.spotify.com/show/0344KJa...▼YouTube Music   • 英神父となんでもトーク  ▼ 教会のご案内カトリック長府教会 公式ホームページ●ホームページでは、毎週日曜日のミサの説教を①「音声」で聞く②「文章」で読む③「スライド」で見るという3つの方法でご覧いただけます。ぜひ、ご活用ください。──────────────────■ 出演英隆一朗(イエズス会司祭/カトリック長府教会)カッパ(まだ洗礼を受けていない聞き手)皆さんには、振り返って「支えられていた」と感じる出会いがありますか?よろしければ、コメントでお聞かせください。#英神父となんでもトーク#我と汝#マルティンブーバー#出会い#信仰#カトリック#長府教会#カテキズム#ユダヤ教#信じるものは救われる#ロンリネス#ソリチュード#コールアンドレスポンス#call&response#英隆一朗#キリスト#イエス#カッパ

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