Skip to content
Artwork for 歴史を紐解く!聞き流し偉人伝
歴史を紐解く!聞き流し偉人伝 · Tuesday · 11 min

#722【ガリレオ・ガリレイ】16年越しに出版した念願の大著!ガリレオが再び教会と対立した理由

本日のテーマ:「許可を取ったのになぜ裁判に!?ガリレオ『天文対話』出版の悲劇」 ガリレオは教会の許可を得て、地動説に関する本を出版していた!かつての理解者が教皇となり、再び地動説について語る機会を得たガリレオ。しかし、出版された『天文対話』は教皇の怒りを買い、異端審問へとつながっていきます。許可された内容と実際の本の間に、どんな問題があったのでしょうか。 👇今回の見出し👇 1616年の警告から16年/1623年の新教皇誕生/教皇ウルバヌス8世との関係/地動説を仮説として扱う条件/神の全能性をめぐる議論/『天文対話』の執筆/3人の登場人物による対話/地動説と天動説の比較/天動説側のシンプリチオ/潮の満ち引きと地球の運動/ガリレオの誤った潮汐理論/書名と序文の修正/教皇の主張を語る人物/1632年の出版許可/『天文対話』の大反響/教皇による販売停止/1616年の警告記録/許可条件をめぐる疑惑/異端審問所への出頭命令 👇抑えるべきポイントと歴史の流れ👇 ① ガリレオの理解者が教皇になる 1623年、ガリレオと親交のあった人物が、新しい教皇ウルバヌス8世になりました。ガリレオはこれをチャンスと考え、再び地動説について本を書くことを目指します。教皇は、地動説を正しいと断言せず、仮説として紹介することを条件に認めました。 ② 地動説と天動説を比較した『天文対話』 ガリレオは約6年をかけて、地動説と天動説を比較する『天文対話』を書き上げました。3人の登場人物が議論する形式でしたが、内容は地動説のほうが正しく見えるものでした。また、海の潮の満ち引きを地球が動いている証拠として説明しましたが、この考えは間違っていました。 ③ 許可を得て出版したのに教皇が激怒 1632年、ガリレオは教会の許可を得て『天文対話』を出版しました。しかし、本の中では天動説を支持する人物が何度も言い負かされ、教皇の考えもその人物に語らせていました。教皇は自分が馬鹿にされたと受け取り、本の販売を止めさせたとされています。 ④ 過去の警告が問題になり、裁判へ 本の調査が進むと、1616年にガリレオが受けた警告が再び問題になります。当時、教会は地動説を正しいものとして主張することを禁じていましたが、『天文対話』はその約束を破っていると疑われたのです。こうしてガリレオはローマへの出頭を命じられ、翌1633年の裁判へとつながっていきました。 ■ 関連年表 1616年:ガリレオが教会から地動説を支持・擁護しないよう警告を受ける。 1623年:ガリレオの旧知の人物だったマッフェオ・バルベリーニが、教皇ウルバヌス8世に即位する。 1624年:ガリレオがローマで教皇と会談し、地動説を仮説として論じる可能性を探る。 1632年2月:ガリレオが教会当局の出版許可を得て、フィレンツェで『天文対話』を出版する。 1632年夏:教皇が『天文対話』の流通を停止させ、特別委員会による調査が行われる。 1632年10月:ガリレオに対し、ローマの異端審問所への出頭命令が出される。 🙏番組へのご協力のお願い 少しでも「勉強になった!」「面白い」と思っていただけたら、フォローやレビューをいただけると大変励みになります! 🗣️聞き流し偉人伝からのお知らせ チャンネルの品質アップ及び永続的な運営のため、サポーターを募集しております。3ドル(約450円)からサポートいただけますので、ぜひ応援いただけますと幸いです。 【サポーター特典】 ・サポーター限定配信 ・活動進捗の共有配信 ・サポーター限定コミュニティーへの招待(予定) ▼下記からサポーター登録いただけます! https://www.patreon.com/c/ijinden/posts ▼聞き流し偉人伝のWebサイトはこちら https://kikinagashi-ijinden.web.app/ 更新日時: 月・火・木・金曜日の18時に更新中。 Hosted by: 安藤 and 那須(https://twitter.com/nasutokai) ※内容は諸説あります

0:00-11:08

transcript

No transcript — this publisher did not publish one.

show notes

本日のテーマ:「許可を取ったのになぜ裁判に!?ガリレオ『天文対話』出版の悲劇」

ガリレオは教会の許可を得て、地動説に関する本を出版していた!かつての理解者が教皇となり、再び地動説について語る機会を得たガリレオ。しかし、出版された『天文対話』は教皇の怒りを買い、異端審問へとつながっていきます。許可された内容と実際の本の間に、どんな問題があったのでしょうか。

👇今回の見出し👇
1616年の警告から16年/1623年の新教皇誕生/教皇ウルバヌス8世との関係/地動説を仮説として扱う条件/神の全能性をめぐる議論/『天文対話』の執筆/3人の登場人物による対話/地動説と天動説の比較/天動説側のシンプリチオ/潮の満ち引きと地球の運動/ガリレオの誤った潮汐理論/書名と序文の修正/教皇の主張を語る人物/1632年の出版許可/『天文対話』の大反響/教皇による販売停止/1616年の警告記録/許可条件をめぐる疑惑/異端審問所への出頭命令


👇抑えるべきポイントと歴史の流れ👇
① ガリレオの理解者が教皇になる
1623年、ガリレオと親交のあった人物が、新しい教皇ウルバヌス8世になりました。ガリレオはこれをチャンスと考え、再び地動説について本を書くことを目指します。教皇は、地動説を正しいと断言せず、仮説として紹介することを条件に認めました。

② 地動説と天動説を比較した『天文対話』
ガリレオは約6年をかけて、地動説と天動説を比較する『天文対話』を書き上げました。3人の登場人物が議論する形式でしたが、内容は地動説のほうが正しく見えるものでした。また、海の潮の満ち引きを地球が動いている証拠として説明しましたが、この考えは間違っていました。

③ 許可を得て出版したのに教皇が激怒
1632年、ガリレオは教会の許可を得て『天文対話』を出版しました。しかし、本の中では天動説を支持する人物が何度も言い負かされ、教皇の考えもその人物に語らせていました。教皇は自分が馬鹿にされたと受け取り、本の販売を止めさせたとされています。

④ 過去の警告が問題になり、裁判へ
本の調査が進むと、1616年にガリレオが受けた警告が再び問題になります。当時、教会は地動説を正しいものとして主張することを禁じていましたが、『天文対話』はその約束を破っていると疑われたのです。こうしてガリレオはローマへの出頭を命じられ、翌1633年の裁判へとつながっていきました。

■ 関連年表
1616年:ガリレオが教会から地動説を支持・擁護しないよう警告を受ける。
1623年:ガリレオの旧知の人物だったマッフェオ・バルベリーニが、教皇ウルバヌス8世に即位する。
1624年:ガリレオがローマで教皇と会談し、地動説を仮説として論じる可能性を探る。
1632年2月:ガリレオが教会当局の出版許可を得て、フィレンツェで『天文対話』を出版する。
1632年夏:教皇が『天文対話』の流通を停止させ、特別委員会による調査が行われる。
1632年10月:ガリレオに対し、ローマの異端審問所への出頭命令が出される。

🙏番組へのご協力のお願い
少しでも「勉強になった!」「面白い」と思っていただけたら、フォローやレビューをいただけると大変励みになります!

🗣️聞き流し偉人伝からのお知らせ
チャンネルの品質アップ及び永続的な運営のため、サポーターを募集しております。3ドル(約450円)からサポートいただけますので、ぜひ応援いただけますと幸いです。

【サポーター特典】
・サポーター限定配信
・活動進捗の共有配信
・サポーター限定コミュニティーへの招待(予定)

▼下記からサポーター登録いただけます!
https://www.patreon.com/c/ijinden/posts

▼聞き流し偉人伝のWebサイトはこちら
https://kikinagashi-ijinden.web.app/

更新日時: 月・火・木・金曜日の18時に更新中。
Hosted by: 安藤 and 那須(https://twitter.com/nasutokai)
※内容は諸説あります