Skip to content
Artwork for 5分 de ヒストリー ~歴史・世界史・日本史・学び直し/クロノ
5分 de ヒストリー ~歴史・世界史・日本史・学び直し/クロノ · September 10 · 5 min

#284【通史】世界史⑭:欧米国民国家の形成2:ウィーン体制その2

教科書レベルの世界史(通史)が1日5分、ながら聞きで学べます。第258回目は「ウィーン体制その2」【オリジナル基本文】⇒【補足解説】の順に進めます。 ◇オリジナル基本文 ウィーン会議は、各国の利害が対立したため交渉は難航し、華やかな舞踏会や宴会が連日のように開かれたことから、「会議は踊る、されど進まず」とも評された。それでも1815年にはウィーン議定書がまとめられ、ナポレオン戦争後のヨーロッパの枠組みが定められた。 その結果、ドイツでは神聖ローマ帝国に代わって39邦からなるドイツ連邦が成立し、オーストリアがその中心的地位を占めた。また、フランス北方にはオランダとベルギーを統合したネーデルラント王国が置かれ、プロイセンはライン地方などを獲得した。オーストリアは北イタリアへの支配を強め、ロシア皇帝を国王とするポーランド王国も成立した。さらにイギリスはセイロン島やケープ植民地などを獲得し、海外での優位をいっそう強めた。 こうして成立した国際秩序を「ウィーン体制」という。

0:00-5:15

transcript

No transcript — this publisher did not publish one.

show notes

教科書レベルの世界史(通史)が1日5分、ながら聞きで学べます。第258回目は「ウィーン体制その2」【オリジナル基本文】⇒【補足解説】の順に進めます。


◇オリジナル基本文

ウィーン会議は、各国の利害が対立したため交渉は難航し、華やかな舞踏会や宴会が連日のように開かれたことから、「会議は踊る、されど進まず」とも評された。それでも1815年にはウィーン議定書がまとめられ、ナポレオン戦争後のヨーロッパの枠組みが定められた。


その結果、ドイツでは神聖ローマ帝国に代わって39邦からなるドイツ連邦が成立し、オーストリアがその中心的地位を占めた。また、フランス北方にはオランダとベルギーを統合したネーデルラント王国が置かれ、プロイセンはライン地方などを獲得した。オーストリアは北イタリアへの支配を強め、ロシア皇帝を国王とするポーランド王国も成立した。さらにイギリスはセイロン島やケープ植民地などを獲得し、海外での優位をいっそう強めた。


こうして成立した国際秩序を「ウィーン体制」という。